トラマルJr.として

 (ワルトラマンの話を一時中断して)
 どうでしたか。それではさっそくゲストに登場していただきましょう。ゲストは「怪獣の人権(以下『獣権』と略す)を守る勤労者の会、神戸支部事務局長」をされているトラマルさんです。では一言ご挨拶をお願いいたします。
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 はい、わたしが獣権を守る会のトラマルです。怪獣というと悪い奴だという先入観が働きますから、私個人としましては「希少巨大生物」と呼んでいただきたいと思います。この会の名称も「希少巨大生物の人権を守る会」に変えたいと思っているのですが、数々のテレビや映画で「怪獣」という名前の方が通りがいいようですので、遺憾ながら「怪獣の・・・」となっているのです。
 問題をわかりやすくするために、私たちが開発した最新装置のイメージ変換装置(以下『イメカン』と略す)を使ってみましょう。そうですね、まず怪獣をベルバラのオスカルのような外見にしましょう。そしてワルトラマンを、思いっきり人間に嫌われそうなサソリ、もしくはムカデに変換してみましょう。ではイメージ映像をご覧ください。
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 ここは山奥の自然豊かな村、山野村。最近のリゾートブームにのって道路工事の騒音は日増しに深刻になっていきます。テーマパークの建設のために次々と山の木が切り倒されていきます。そんなある日山の中から巨大な生き物が長い眠りから醒めました。その生物は天女かオスカルかというほど美しい姿でした。しかし身長が40メートルもあるため、歩くたびに電線に引っ掛かり、家を薙ぎ倒します。村人たちは「山神さまのお怒りじゃ」と、恐ろしがりました。「自然豊かな山野の山を壊したから、山神さまが怒られたのだ」と、村人は心の底から反省しました。山は人間だけのものではない、全ての動植物全体の財産なのだ、この当たり前のことにやっと気が付いたのでした。そこへ突然現われたのは地球防衛隊を標榜する、ユニフォーム姿の一団でした。彼らはいきなり山神さまにむかって光線銃を発射しました。村人たちはびっくりしました。これはきっとどこかの危ない宗教団体に違いない、へたに逆らったらポアされる、そう思うと村人たちは、科学隊員に愛想笑いをするしかありませんでした。これに気を良くした防衛隊は、ミサイルやら反陽子ビームなどとんでもない重火器を持ち出しました。そのおかげで、村の家という家はあっという間に壊れてしまいました。
 「何をすんのや科学隊」
 と言える人はもはや誰もいなくなりました。あまりの恐怖に壊れた家の下敷きになっている人たちを助けることもできません。あの美しい山神さまはだんだん腹が立ってきました。
 「わいが一体何をしたってちゅうネン」
 そう思うと科学隊のミサイル車を蹴っとばしました。科学隊は
 「こりゃかなわんワ」
 と思いました。しかし村人が見ている手前、逃げる訳にはいきません。と、その時です。ハヨタ隊員が変身しました。何とグロテスクなんでしょう、上半身がサソリ、下半身がムカデです。それを見た瞬間、村人の背中を虫酸(むしず)が走りました。隣の若奥さんが昼飯に食べたマーボー豆腐を吐き出しました。それを見ていた科学隊の唯一の女性、フジイ隊員が
 「おめでたですか、良かったわねー」
 と何ともとんまなことをぬかしています。
 「アホンダラ、ウルトラマンが気色悪いんじゃ、」
 と言える勇気ある村人は誰一人いませんでした。
 ワルトラマンはいきなり、美しいオスカルの体にむしゃぶりつくと、その大きなはさみで、殴りつけました。美しいオスカルの顔はみるみる腫れあがり、その美しい唇からは真っ赤な血が一条、流れ落ちます。ちょっとエッチな村人の次郎クンは、だんだん変態SMショーを見ているような気がして、ちょっとコーフンしてしまいました。さっきの若奥さんは吐くものがなくなり、黄色い苦い胆汁まで吐き、苦しそうにあえいでいます。フジイ隊員は背中をさすりながら
 「お母さんになるんだからしっかりしなくっちゃ」
 と、相変わらず訳のわからないことを言って若奥さんに偉そうに説教しています。
 「いいえ、私は妊娠していません」
 と言おうにも、あまりの気持ち悪さに声も出ません。あの美しかったオスカルはもはや見る影もなくズタズタになっています。
 「あの時なら治療すれば助かった」
 と村で唯一人の医師、薮大蔵氏(48)が後に証言しています。とその時です。ウルトラマンが後ろに飛び下がり、はさみを十文字に構えました。
 「出るわ、スべシューム毒腺よ」
 フジイ隊員が叫びました。ジュルジュルジュル、変な音とともに、ワルトラマンのはさみ付近から毒液が放たれました。オスカルは先程の暴力で、もはやその毒液をかわすこともできません。体中に毒液を浴びてしまいました。
 「きゃーっ」
 衣を引き裂くような可憐な悲鳴をあげながら、オスカルは苦しみました。右手で虚空をつかみ、左手は喉をかきむしりました。オスカルの美しかった顔は、赤く腫れ、紫色にただれ、赤黒く融けだしました。目は流れ落ち、アゴが外れ、みるみるうちに骨が出てきました。村人たちのところにまで毒に融けだした肉の匂いが流れてきました。毒のせいでしょうか、強烈な酸の匂いです、それに硫黄の匂いも交じっています。次郎クンは、何をしているかといえば、おっとお見せできる状態ではありません、映像を切り替えましょう。若奥さんはもうすっかり白目をむいて気絶しています。彼女を抱き抱えながらフジイ隊員は
 「こんな戦いの最中に眠ってしまうなんて、うふっ」
 と、まだ訳のわからないことを言っています。
 骨まで融けたオスカルを、いばった格好で見下ろしていたワルトラマンは大好きなフジイ隊員に、大きなはさみでVサインをしました。フジイ隊員が嬉しそうに微笑むと、ワルトラマンは上をみて、
 「シュワッチ」
 と訳のわからない叫び声をあげ、うねうねと大空高く飛んでいってしまいました。
 「ふっふっふっ、フジイ隊員はぽーっとした顔でオレのことを見ていぞ、そろそろゲットしちゃおうかな、へっへっへ、おっと興奮しちゃうぜ」
 なんて考えていたかどうかなんて知りません、知りません。村では毒に溶かされた肉が溶岩のようになって倒壊した家々を次々に飲み込んでいきます。もう倒壊した家の下敷きになった人々は絶望です。骨まで融けてしまっているに違いありません。何をしてくれたんやウルトラマン。やっとこさ自衛隊が到着しましたが、毒に溶かされた2万トンの肉汁が相手ではどうすることもできません。村の簡易水道では到底、力不足です。例え十分な水があったとしても、宇宙怪獣もたちどころに殺してしまうスベシウム毒腺を流すことはできません。下流域の川の水から上水道を引いている都の人々が全滅してしまいます。彼らがなすべきことはこの毒に溶かされた肉汁を下流域に流さないように、山野の村を封鎖することくらいのものです。自衛隊員の目から涙が出ています。
 「おーい」
 遠くの方からわざとらしくハヨタ隊員が走ってきます。どうやらみんなの視界から消えると大急ぎで地上に戻ってきたに違いありません。それがたくさんいる人々の目に触れないはずがないのですが、あまりのバカバカしさに無視をしているのか、それとも恐ろしいのか誰も帰ってくるところを見たという人はいません。ハヨタ隊員は血走ったものほしそうな目でフジイ隊員を見つめ、手をしっかりと握り締めました。フジイ隊員は気絶した若奥さんを放り出してハヨタ隊員の手を握り返します。二人の世界に完全に入ってしまいました。美しいフジイ隊員のまわりの村人はハヨタ隊員の目には、フジイ隊員の美しさを引立てるバラの花程度にしか見えません。あの美しいオスカルをむごたらしく殺したハヨタの目には、サソリムカデのようなワルトラマンの目には、一体フジイ隊員の姿はどう映っているのか、背筋が寒くなります。
 ・・・
 今度は、設定を変えましょう。問題を単純化するするために、科学隊を削除しましょう。そして地球人をありんこに、怪獣をオオアリクイに、そしてワルトラマンをお節介好きの人間トキオ*1にしてみましょう。では映像スタートしてください。
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 ミルキー銀河の端っこにある、ごく平凡な恒星、太陽の第3惑星、水の惑星(以下『地球』と略す)のお話です。そこにはありんこという、ちっぽけですが、高い組織性をもった虫がいました。彼らはお人好し、いや、おアリ好しな性格が玉に瑕ですが、実に立派な蟻塚を作ることができるのです。ある日、そこをお腹をすかせたオオアリクイが通りかかりました。オオアリクイは大喜びで蟻塚に穴を開け、ペロペロとありんこたちを食べ始めました。ありんこたちは大騒ぎになりました。そこへ偶然通りかかった人間、トキオがそれを見つけました。後から突然オオアリクイに飛びかかると、殴るわ蹴るわ、暴虐の限りを尽くしました。あまりにも突然のことで、オオアリクイは何がどうなっているのかさっぱり判りません。楽しい食事中に、突然突き飛ばされ、殴られ、蹴られ、更には馬乗りになって自慢の長い鼻に向けてパンチの嵐が降ってくるのです。休みなく加えられるパンチに、目を開けることもできません。悪い夢なら早く醒めてくれ、一体これは何なんだ。
 「ゴキッ」
 鈍い音がしました。鼻の骨が折れたのです。鼻腔のなかで血が流れだしました。黄色い匂いがしました。
 「この匂い、そうだ、ケンカだ。むかしボクが若く血気盛んだった頃、よくやったな。ようしそうと判れば・・・」
 魚のように体を反らせ、トキオを跳ね退けました。改めてよく見ると変な動物です。最初から二本足で立っています。普通動物はケンカする時以外は四本足で歩きます。昔お母さんが言っていた『二本足で歩く変な動物は、卑怯にも火の出る棒で、意味もなく罪のない動物を殺します。絶対に近付いたらいけません』という言葉を思い出していたら本日の悲劇は招かずに済んだのですが・・・。目の前の変な動物は貧弱そうです。そう思うと、オオアリクイも負けてはいません。オオアリクイは、トキオを蹴飛ばしました。トキオはふっとび、蟻塚にぶつかってしまいました。蟻塚は真ん中からぽっきりと折れてしまいました。
 イテテテテ、
 腰をしこたま打ってしまいました。オオアリクイはとんでもない馬鹿力を持っています。このままでは負けてしまう、トキオは戦術を変えました。悪口攻撃です。オオアリクイのキックが届かないように後ろに下がると
 「この凶悪怪獣め、地球の平和を乱す極悪非道の怪獣め・・・」
 聞くに堪えない悪口雑言(あっこうぞうごん)です。これが正義の味方の言うことか。オオアリクイはびっくりしました。
 「ボクのどこが凶悪なんだ、ボクがありんこを食べたら地球の平和がどうして乱れるんだ。どうしてこんなにいじめられなければいけないんだ。ボクが一体どんな悪いことをしたというんだ。」
 オオアリクイは大変なショックを受けました。オオアリクイの心が動揺したとみたトキオは飛び掛かり、さらに激しく殴りつけました。卑怯なトキオの悪口攻撃と、執拗な暴力でオオアリクイは、精神的にも肉体的にも大きなダメージを受けました。
 「もういい、卑怯な不意打ちも、聞くに堪えない悪口も忘れよう。だからもうやめてくれ、体がくたくただ」
 抵抗をやめて、この暴虐の嵐が通り過ぎるのを待とうと思いました。相手に戦意がなくなったと知ると、トキオはファイティングポーズのまま、手招きをしました。挑発しているのです。それを見たオオアリクイはもうダメです。切れました。
 「もういい、ボクは死んでもいい、ただこのトキオに死ぬ前にひとあわ蒸かせてやる、チクショウもうやけくそだ」
 しかし大きなダメージを受けたオオアリクイの攻撃は、トキオにとって恐るべきものではありませんでした。がむしゃらに暴れるオオアリクイの攻撃を余裕をもってかわすと、更にキックの嵐をお見舞いします。朦朧(もうろう)とした意識の中でトキオを攻撃しようとしますが、オオアリクイのパンチは虚しく空を切るばかりです。一体トキオはどこにいるんだ、かすれたオオアリクイの目にはもうトキオは見えません。足もふらついています。もう駄目です、精も根も尽きました。
 「もう駄目だ、体中がバラバラになったようだ、もう一発のパンチも出ない、ボクの負けだ、さあ殺してくれ、これ以上いじめないでくれ」
 動きのとまったオオアリクイは、ゆっくりと膝をおり、土煙をあげながら倒れました。涙がうっすらとにじんだ両目がゆっくりと閉じられました。まるで疲れて眠るように・・・。トキオはファイティングポーズのまま、左右にぴょんぴょんと飛び跳ねました。オオアリクイの更なる反撃を警戒しているのです。しかしオオアリクイは、倒れたまま起き上がる気力もなくなったようです。トキオはそろりそろりと近付き、爪先でつんつんと突いてみました。やっぱり反撃する元気はなくなったようです。自分の勝ちを確信したトキオは、腰からゆっくりとスベシウム光線銃を取り出し、断末魔の苦しみの中で痙攣しているオオアリクイにねらいを定めました。
 「く、苦しい、早く、早く殺してくれ・・・」
 オオアリクイは祈るような気持ちでその時を待ちました。トキオは後ろに飛びさがり、大げさに十文字に腕をかざすと、ゆっくりトリガーを引きました。目も眩まんばかりの光に輝き、少しばかり膨らんだかと思うとオオアリクイの体は肉の一片も残さず、粉々に爆発してしまいました。激しい爆発でした。蟻塚の地上部分は粉々にふっとび、地下部分もその時の衝撃波で、大部分のありんこが死んでしまいました。おっと、死ぬ間際のオオアリクイの残留意識がキャッチできた模様です。ちょっとみてみましょう。
 「こんな武器があるのなら、最初から使ってほしかった、そうすればあんなに痛い目に遭わずに済んだものを・・・」
 わずかに生き残ったありんこたちはやんやの拍手喝采をしました。
 「トキオマンが地球の平和を守ってくれた、やっぱりトキオマンは正義の味方だったんだ。」
 何だか大きな勘違いをしているような気がしますが、とにかくトキオは正義の味方になってしまいました。これはおそらく最初の悪口攻撃の成果でしょう。そして更に途中でオオアリクイを挑発したのが良かったようです。これがオオアリクイの本性なんだと、強く印象付けたのです。ありんこたちはまんまとこの罠にはまったのです。トキオは満足です。威張ったポーズのまま、ゆっくりと顔を上にむけ、「シュワッチ」という訳のわからない叫び声をあげると、チャリンコに乗ってどこかへ行ってしまいました。
 この様子を物陰からじっと見つめていた動物たちがいます。セグロジャッカルとブチハイエナさんたちです。彼らはとっても清潔好きで、草原のお掃除オバさんと呼ばれて、草原のみんなから慕われているのです。どこかで誰かがケンカをすると、そっと近付き、負けて死んでしまった方を食べるのです。そうやって草原をきれいにし、またそれがオバさんたちの生きる糧なのです。しかし肉片ひとつも残さないほどひどくやっつけてしまったら、肉は食べられません。ありんこの口にはちょうどいい大きさかもしれませんが、先程の戦いで、ほとんど全滅してしまったのです。やがてここ一帯は細かく飛び散った肉片が腐り、悪臭を放つことでしょう。お掃除オバさんのセグロジャッカルとブチハイエナは、顔を見合わせて深いため息をつくのでした。
 ・・・・
 どうです、文字ではなくハイテクを駆使した映像で見てみると、よくわかるでしょう。このようにちょっと切り口を変えただけで、ワルトラマンの行なってきた極悪非道ぶりが浮き彫りになります。そもそも我々人間と同じ直立二足歩行をする生物や、美しい個体には訳もなく好感をもち、醜い個体はただそれだけで悪者と決め付けるのです。これは我々のもつ、外見による差別以外のなにものでもないということです・・・
 (以下ワルトラマンの話の続き)

*1:まあ、つまり、私だ